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バンクシアの響き

時代が急展開している今、
人間社会の新旧交代にまつわる出来事の本質をトータルヘルスデザイン 近藤洋一が考察します。

大還暦を生きる(2)

 厚生労働省の発表によりますと、2013年の日本人の平均寿命は男性80.21歳、女性86.61歳で、過去最高を更新したということです。医療技術が向上し、ガン、心臓病、脳卒中で死亡する人の数が減っていることが大きく影響しているというのです。
 平均寿命が延びるのはおめでたいことだけれど、寝たきりにはなりたくない、と誰しもが思うのではないでしょうか?
 そんな声に応えるかのように、世界保健機関(WHO)は、2000年に健康寿命という概念を提唱しています。健康寿命というのは、「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」を指しています。
 したがって、平均寿命と健康寿命の差は、「日常生活に制限の出てくる“健康でない期間”』ということになります。
 厚生労働省の統計によりますと、日本人の2010年(平成22年)における平均寿命と健康寿命の差は表のようになっています。

 60歳以降120歳に至る『大還暦』を生きる人たちが、これからの社会のあり方を考える上で、この数字は大きな意味をもつものだと言ってよいと思います。
 平均寿命と健康寿命が一致していれば何の問題もないのですが、医療技術が高度になればなるほど、この差は大きくなることが予想されます。このまま推移しますと、寝たきりになるなど要介護状態で生きていかねばならない期間が長くなるのではないかということが懸念され、未来に暗い影を投げかけています。

『知』が価値を生む時代

10年ほど前になると思うのですが、「なぜ人を殺してはいけないのですか?」という質問をする子供がいるということが話題になりました。「なぜ?」を問うことが進化向上する出発点であるという常識的な見方からすると、これは何とも厄介な質問というほかありません。
 と同時に、子供からこのような疑問が出る背景には、社会を構成する世代間に、どうしようもない断絶があって、全く新しい社会が到来しつつあるのかもしれないということを感じさせられたものです。
 その一方で、「これからは“知”すなわち知識や知恵が価値を生む時代になるのだ」という声も聞かれるようになりました。
 情報そのものに価値があるのではなく、無限の資源を活かして新しい価値を創造することができる“知”にこそ価値があるということなのだと思います。
 知”とはいったい何なのでしょうか?
 知”というのは、“知性”、“感性”、“野性”、“霊性”を統合した概念と考えますと、少し奥行きが出てくるように思います。


知性と感性

まず“知性”です。「なぜ人間を殺してはいけないのか?」という疑問は、左脳偏重型受験教育によって育まれたアタマのもつ特性が凝縮された疑問のように思われます。
 NHK大河ドラマ「八重の桜」では、気高く生きることを何よりも大切にした会津藩の教育が人の心を打ちました。かつて会津藩には藩士の子弟を教育する「什(じゅう)」という組織があって、「弱いものをいぢめてはなりませぬ」などの7か条の「什の掟」を訓示していたと伝えられています。
 理屈抜きに「ならぬことはならぬ」とする土壌があって、人々に共有されていたのでした。
 現代社会に生きる私たちは、「ならぬものはならぬのです」の一言ですべてを飲み込むことのできる“魂”を共有することができなくなってしまっているように思われます。
 これは“知性”というより“感性”の問題だと言ってよいと思います。
 “感性”というのは、イメージ、情緒、芸術的な感覚など、左脳的な論理を超えた世界、すなわち右脳の働きによって直感的に感じる世界に属し、知性とともに人間にとって欠かせない要素です。
 「人を殺してはいけない? そんなことは当たり前ではないか!」という感覚を誰しもが持っていて、そのことを前提として、私たちの人間関係は成り立っていると言ってよいと思います。
 人間にとって“知性”と“感性”はいわば車の両輪で、両者が相まって人間らしい感情、利他の心が生まれ、みんなが安心して生きていく基盤ができるのだと思います。
 “知性”だけでは危なっかしくてやっていられないのではないでしょうか?