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バンクシアの響き

時代が急展開している今、
人間社会の新旧交代にまつわる出来事の本質をトータルヘルスデザイン 近藤洋一が考察します。

アトランティスを超えて

いつものご愛顧深謝申し上げます。
 はるかな昔、大西洋にアトランティスという大陸があったといわれています。その地の人々は高度なアトランティス文明を築きあげ栄華を誇ったのですが、紀元前9600年頃、その大陸を襲った大地震・大洪水によって、あえなく海底に消えてしまったと伝えられています。
 ホリスティック医学の気鋭の研究者として知られるリチャード・ガーバー博士の著書に、アトランティス大陸が何故海の底に沈んでしまったのか、についての仮説が紹介されています。
 現代社会のおかれている立場と共通する面もありますので、以下簡単にご紹介させていただきます。

アトランティス文明とクリスタル技術

現代人が、石炭や石油、天然ガスや原子力などのエネルギーを取り出して、電気や熱に変えることによって生活を便利なものにしているのに対し、アトランティスの人たちは意識や生命力をエネルギーとして活用する方法を知っていたのだそうです。
 野菜を食べているとき、私たちはどんなことを考えているでしょうか?
 種子をまくことから野菜の栽培は始まります。種子の中に潜在している生命エネルギーが大自然の働きによって呼びさまされ、土壌中で発芽し、大きくなっていくのですが、私たちは野菜を食べるとき、種子の中に潜在していたエネルギーをいただいているなどとは思ってもみないのではないでしょうか?
 アトランティスの人たちは、野菜を食物として栽培するだけではなく、種子の中に眠っているエネルギーを直接、熱や動力などの機械的なエネルギーに変換する技術を開発し、産業に利用していたというのです。
 私たちがガソリンの中に潜在しているエネルギーを変換することによって車を走らせているのと同じ原理です。
 さらに興味深いのはアトランティス文明の基盤が、クリスタルの活用技術にあったということです。クリスタルで太陽光線を集積し、利用可能な動力に変換する技術は、シリコン太陽電池など現代の科学技術においても幅広く活用されているところです。
 太陽光線の中に蓄積されている莫大なエネルギーを、クリスタルの技術を活用して取り出し、はるか遠方にまで転送し、飛行船などの駆動力として活用したといわれています。 ところが各地に転送するために必要なエネルギーが大きくなるに従って、クリスタルの技術も大型化していきました。
 そしてあるとき、地球環境を一定の状態に保つために働いている自然界の生命維持システムと人工的に開発したエネルギーシステムとの間に、バランスの乱れが生じ、大地震に見舞われるようになったと考えられています。
 太陽のエネルギーが無限だからといって、装置を大型化し、じゃんじゃん使いまくるというのはどこかに落とし穴があるということなのですね。
 ひるがえって私たち現代人も大自然の恵み・太陽のありがたさを忘れているのではないか、と気になるところです。
 かつての農業国・日本では、朝起きてお日様に手を合わせることから一日が始まるというのが生活の規範になっていたように思います。その昔、大人たちは事あるごとに、子どもたちに向かって「お天道さまに顔向けできないようなことをするな」と説教していたように思うのです。
 「朝早く起きてお日様に手を合わせる、そして散歩する」というのが健康に生きるための王道だといわれているくらい、太陽は私たちのいのちを支えてくれる根源的な存在なのですから。
 物質的な欲望を追求する人たちによってクリスタル技術が乱用された結果、ついにアトランティス大陸を根底から揺るがす大災害が発生し、アトランティス文明は滅亡を余儀なくされたのだそうです。
 アトランティスの人たちは、宇宙の意思によって遂行されている宇宙計画を、宇宙およびすべての存在物の幸せのために進化発展させていこうとすることを忘れ、自ら開発したテクノロジーを自分たちの欲望を満たすために、さらに破壊のために使うようになったのではないかと考えられています。
 その結果、大地震や地軸変動に加えて、極地の氷が解けたことで大洪水が起こり、アトランティス大陸は海中に姿を消してしまったのです。
 アトランティス伝説はひとつの寓話に過ぎないのかもしれませんが、現代社会は他人ごとだといって見過ごしにできるような状況にはないといってよいと思います。限りない欲求と発達しすぎたテクノロジーが結びつくとき、同じことが現代社会でも起こる可能性がないとはいえないのではないでしょうか?
 テクノロジーを個人の権力や戦争、さらには一部の勢力の拡大のために利用することの愚かしさを警告しているという点でも重要で、同じ轍を踏まないためにも、技術の危険性を十分に認識したうえで実用化する必要があるといえるように思います。