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バンクシアの響き

時代が急展開している今、
人間社会の新旧交代にまつわる出来事の本質をトータルヘルスデザイン 近藤洋一が考察します。

お伊勢さん(2)

「プラトンの洞窟」というたとえ話があります。
 洞窟の奥の壁に向かって囚人たちが手足を縛られて座っています。壁の反対側には入り口があって、日も射し込んでくるのですが、振り返ることもできない囚人は目の前の壁しか見ることはできません。
 洞窟の外には樹木が茂り、小川が流れ、人が行きかい、小鳥たちも囀りながら飛び回っています。洞窟の入り口からは日が射し込みますので、囚人たちは壁に映し出される景色の影を見ているのです。
 子どものころから太陽を認識することもなく、「影」のつくり出す情景しか見ることがなかった囚人たちにとっては、洞窟の壁に映る「影」が現実の姿ということになります。
 私たち現代人も、自分が体験している現実が実体だと思い込んでいますが、実際に見ているものは「本質」ではなく、その「影」にすぎないのではないか、というのが「プラトンの洞窟」の意味するところだと思います。

背後にあるもの

 プラトンはギリシャ時代の哲学者ですが、科学技術の発達した現代に生きる私たちは、プラトンの頃とは違うといえるのでしょうか?

 すべてのみえるものは、みえないものにさわっている。
 きこえるものは、きこえないものにさわっている。
 感じられるものは、感じられないものにさわっている。
 おそらく、考えられるものは、考えられないものにさわっているだろう。

 現代科学の洗礼を受ける前の時代に生きたドイツの詩人ノヴァーリス(1772〜1801)の詩です。
 私たちの体をはじめ、この世に存在する物質は、分子、原子、素粒子…という風に限りなく微細な粒子を原料として出来上がっています。目にも見えないし、感じることもできません。
 それどころか原子に至っては、なにも存在しないかのような空っぽのスカスカの空間で構成されていて、想像することすらままなりません。
 可視光線にしてもそうです。人間の肉眼に感じる波長は、380〜800ナノメートル程度で、それより短波長の紫外線、長波長の赤外線は肉眼では感じません。
 人間には五感が与えられていますので、ともすれば感じることのできる範囲が自分の世界であるかのように錯覚し、その先には広大な世界が広がっていることを忘れがちではないでしょうか?
 宇宙の愛を発信しつづけ、26歳の若さでこの世を去った天才詩人・金子みすゞさんの詩『星とたんぽぽ』をご紹介いたします(バンクシア・ブックス『金子みすゞ 日本人の原風景』)。

 青いお空の底ふかく、
 海の小石のそのように、
 夜がくるまで沈んでる、
 昼のお星は眼にみえぬ。
 見えぬけれどもあるんだよ、
 見えぬものでもあるんだよ。