トータルヘルスデザイン公式サイト

バンクシアの響き

時代が急展開している今、
人間社会の新旧交代にまつわる出来事の本質をトータルヘルスデザイン 近藤洋一が考察します。

「気」の話(2)

 この世に存在するものには、鉱物から植物、動物そして人間に至るまで、すべてのものに秩序正しく、元気に存在するための力が与えられているようです。
 万物を秩序化する「元気の力」―――― 宇宙からのプレゼントですね。
 “君が代”に詠われているのも、この「元気の力」だと言ってよいと思います。
・・・・・・
君が代は
千代に八千代に
さざれ石の 巌となりて
苔のむすまで
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 長い、長い年月をかけて、小さな石が、やがて大きな岩になり、ついには苔が生える…“いのち”の生成発展を詠ったものなのですね。
 興味深いのは、あらゆるものが永遠に存在するのではなく、世代交代を通して、生の営みを継承していくことが、この世の仕組みになっていることです。親から子へ、子から孫へと“いのち”が継承されていきます。
 “生と死”が存在するということ、すなわち、「生にはゴール」が存在することこそが、永遠性のカギを握っているということになります。ゴールの話をすると縁起が悪いということで、ついついそんな話を避けて通るというのが常ですが、もし世代交代がなければ、生きていることの意味を考えることもなくなり、人生の価値も認識できなくなってしまう可能性があるのではないでしょうか?
 「生と死」が存在するからこそ「生」を認識できるということになります。
 「死」は新しい生の誕生、種の進化にかかわっていて、万物そして人間進化の原動力になっている可能性もあるわけです。
 一休禅師は、皮肉っぽく次のような和歌を詠んでいます。
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門松は 冥土の旅の一里塚
めでたくもあり めでたくもなし
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 歳を重ねること、老化していくことは宇宙の意思によって決められた人間の宿命である以上、マイナスにとらえるのではなく、人生の楽しみに変えてしまう気持ちで生きたいものですね。私たちには「元気の力」が与えられているのですから、イキイキわくわく人生をトータルに楽しむことによって新たな展望を開いていきましょう。

ウイルスの反乱

 この世に存在するすべてのものに、宇宙からの贈り物として「元気の力」が与えられているのですが、人間にはそれに逆らう自由意思も与えられていて、ついつい反自然行為をやらかしてしまい、病気で苦しむ羽目におちいったりします。
 人生の道中で一人一人が個人的に反自然行為を犯して、病気その他で苦しんだりする分には大勢に影響はありませんが、これが民族や国家レベルになると話は別になってきます。
 反自然、反宇宙行為の規模が大きくなり社会全体にその影響が及ぶことになります。
 公害や戦乱などはその最たるものですが、いまや健康面にも甚大な被害を出しているのが現状です。
 異常気象をはじめとする地球の異変、陰謀渦巻く中東での戦乱、金融資本主義経済の崩壊に伴う食糧、エネルギー危機そして環境破壊などなど…人類は危急存亡の時を迎えていると言っても過言ではないと思います。
 その人類の運命をじっと見守っているのはウイルスなのかもしれません。ウイルスは、はるか昔の原始地球で、RNAを主体とする遺伝子をもって誕生して以来、あらゆる生物の体内で、生物進化の重要な役割を果たしてきた“情報屋”なのです。
 20世紀の後半になって、ラッサ熱ウイルス、ヒトレトロウイルス、エボラウイルスなどの新興ウイルスが、世の中を騒がせるようになりました。突然甦ってきたウイルスという意味で、“エマージング・ウイルス”と呼ばれています。21世紀の人間社会へ警告を発するために、「宇宙の意思」になり代わって甦ってきたのかもしれません。
 以前にもご紹介させていただきましたが、1989年、フィリピンのマニラからニューヨークへ空輸されたサルの体内に眠っていたエボラウイルスが甦り、サルを次々に殺戮するという事件が発生しました。
 後日、サルの生息地であるミンダナオ島の森林に分け入った調査班の研究によりますと、サルたちは、熱帯雨林では、凶暴なエボラウイルスとは無縁の、健康で幸福な日々を送っていたのだそうです。
 しかし彼らも人間に捕まって、人工的な悪い環境で飼育されると強いストレスがかかり、それまで眠っていたウイルスが復活し、死亡するに至るということが判明したのでした。

ピンチはチャンス

 ウイルス研究の権威・根路銘国昭氏は、「人類が進化するうえで築いてきた文明が、様々なウイルスを甦らせ、あるいは再生させる要因になっていると考えるのにふさわしい根拠が浮かび上がってきた…」と述べておられます。
 原始の生物は、病気にはならない、あるいは病気では死なないと言われています。進化したはずの、万物の霊長としての人間だけが病気になり、病気で苦しむというのは何故なのでしょうか?
 人間には「宇宙の意思」に反する自由が与えられているので、ついつい「宇宙の意思」すなわち自然の摂理に反するような行為を繰り返し、それが病気になって還ってくるのだと思われます。
 ピンチはチャンスと申します。いま人類が直面しているピンチは進化のためのチャンスととらえるならば、新たな可能性が見えてまいります。
 私たちは学校教育で、太陽系そして銀河系さらにはこの果てしない大宇宙のことについて習います。
 すなわち私たちが宇宙のことを考えるとき、望遠鏡で宇宙を観察するなど、自分をこの宇宙の外側においた上で、宇宙法則について考えたり、論じたりするのが常と言ってよいと思います。
 人間は、宇宙とは分離した客観的な存在であることを前提として、様々な自然法則を編み出してきたわけです。
 一方、私たち人間はこの“大宇宙(マクロコスモス)”から分離して考えることのできない“小宇宙(ミクロコスモス)”であるとする、東洋的な観点に立ちますと、また別の世界が見えてまいります。
 近代以前は、科学と宗教の線引きはなかったそうなのですが、いまや、科学が物質を追求し、宗教が物質以外の意識や心の領域を追求するという役割分担が生まれてしまいました。
 宗教を指す言葉Religionは『再結合を意味する言葉』であるのに対し、科学というのは、「米を升で量る」ということ、すなわち、『何でも細かく分けていくことを意味する言葉』に由来しています。
 私たちは、西洋科学に基礎を置く文明の中で生活していますので、ともすれば宇宙とのつながりを忘れがちですが、大宇宙と一体となり、つながって進化していく存在であるということにも意識を向けておく必要があるように思うのです。
 禅文化を欧米へ広めたことで知られる仏教学者・鈴木大拙は次のように述べています。
 「人間というものは物質と精神から成り立っている。しかもこの二つは絶えず矛盾するものである。この二つを背後から操っているのが霊性(スピリチュアリティ)である。このように人間が生きていくためには、どうしても、物質と精神とを矛盾したままにしておくことはできない。
 霊性(スピリチュアリティ)とは生きていくために欠くことができないものである」
 人類がピンチから脱出し、元気に甦るために必要なことは霊性(スピリチュアリティ)の再認識だと思われます。
(つづく)

■参考文献:
根路銘国昭「出番を待つ怪物ウイルス」光文社