トータルヘルスデザイン公式サイト

バンクシアの響き

時代が急展開している今、
人間社会の新旧交代にまつわる出来事の本質をトータルヘルスデザイン 近藤洋一が考察します。

コミュニティへの道(4)

 私ども(株)トータルヘルスデザインは、1990年に、奈良市に隣接する京都府木津川市で創業いたしました。狭いところで会社を始めたものですから、以後4度引越しをして現在地に落ち着いています。
 約10年前に、現在地に転居してきたのですが、その時「次は京都であって、大和の地、そして高次元エネルギーの降り注ぐイヤシロチを探し当てよう」と心ひそかに願っていました。
 そうすると、直ぐに周辺の土地に詳しい方に巡り合い、それまでは小山だとばかり思っていた土地を紹介してくださいました。
 ラッキーなことに、それが「奈良市に隣接する現在地。すなわち京都であって、しかも大和の地、さらに近鉄高の原駅のすぐ近くにあるイヤシロチ」なのでした。
 「高の原」の“高”は、高次元の“高”です。そして“原”の語源は、般若心経に出てくる“ギャーテイ、ギャーテイ波羅ギャーテイ”の“波羅”すなわち極楽浄土のことだということがわかりました。
まさに、高次元エネルギーの降り注ぐイヤシロチなのでした。ずいぶん手前味噌なご紹介をさせていただきましたが、京都・奈良方面にお越しの節は、お立ち寄りいただければ幸甚に存じます。



平安京

 奈良すなわち大和の地で始まった大和朝廷の律令政治はしばしば行き詰まり、よく遷都が行われたと伝えられていますが、794年に京都の地で始まった平安京はその後1000年以上続きました。幾度かの戦乱に巻き込まれながら、今でも当時の模様を偲ぶことができるのは、稀有なことと言ってよいと思います。
 なぜ1000年以上も都であり続けることができたのでしょうか? そして今でも古びた感じのしない新鮮な都市として、人々を魅惑している秘密は何なのでしょうか?
 京都は日本海側と太平洋側との中心にあり、鴨川、宇治川、木津川、桂川が流れていて、船を使えばどこに行くにも自由自在、活発な人的交流、そして情報交換を行うことができたというのが、最も大きなポイントだったように思います。
 と同時に、「気」の流れを良くし、住み心地の良い環境を作り出す古代の環境テクノロジーを駆使して、京都の街の都市設計がなされたことも大きな要因だと思われます。
 すなわち「風水」と「陰陽道」の原理によって平安京がつくられたと伝えられています。1000年以上も前のことですから、不明のことも多いのですが、一般化されている部分について、少し触れさせていただくことにいたします。
 京都市街は、北と東と西の三方を山に囲まれ、南が解放された地形になっています。
 古代中国では、方位は亀(北)や龍(東)、虎(西)や雀(南)という四神由来の動物にたとえられ示されてきました。すなわち北が「玄武」、東が「青龍」、西が「白虎」、南が「朱雀」と呼ばれています。
 大相撲とも共通していますね。
 大相撲では、
 東(守護神:青龍)・・・青房    
 西(守護神:白虎)・・・白房
 南(守護神:朱雀)・・・赤房    
 北(守護神:玄武)・・・黒房

 東と西からそれぞれ力士が登場し対決するのですが、北が正面になっていて、ここで天皇陛下が観戦されることになります。
 「君子南面す」という言葉がありますが、相撲を観戦するときも、陛下は南に向かって座っておられます。
 上皇をお守りするために、院の御所の北面に詰めて、上皇の警護に当たる武士団が「北面の武士」です。
 さて京都市街ですが、北には、北山杉で知られる北山があります。北山杉はいまでも茶室や数寄屋の建築用材として珍重されています。

 東は、比叡山・大文字山を擁する東山。「東山三十六峰、草木も眠る・・・」という表現で知られていますね。
 西には、保津川下りそして嵐山で知られる西山が存在しています。京都の人びとは、これらの山々の発する「気」エネルギーを受けながら、日々の生活を営んでいるわけです。 京都は「四神相応の地」と言われる所以です。
 子供の頃は、北山のふもとの上賀茂神社の近くに住んでいたのですが、その頃、「上賀茂は東寺の五重塔(京都駅より少し南に位置しています)と同じくらいの高さなのだ」と聞かされたものでした。京都の街は北から南へと、ずっと下り坂になっているのです。
 北山(玄武)から湧き出した「気」エネルギーは、東山(青龍)から発する「気」エネルギー、そして西山(白虎)から発する「気」エネルギーと共振共鳴しながら、北(玄武)から南(朱雀)へと流れ続け、京都の街を潤いのある街にしていると言ってよいと思います。
 京都に都が定められたとき、北山(玄武)は京都全体を潤してくれる根源の「気」を発する山として位置づけられたと言われています。
 北山の真南にあって、「気」の集まるところ(「龍穴」と呼ばれています)に政治の中心として大極殿をつくり、そして湧き出た「気」の通り道を朱雀大路としたと伝えられています。
 北山からやってきた「気」は、東山と西山から発せられる「気」と共振共鳴しながら京都全体を潤しつつ、南(朱雀)へと流れていくことになります。

「発酵」し続ける京都

 大地の「気」の流れを調え、活性化することを目的とする環境テクノロジーとしての「風水」は、大地を人体のようにとらえています。
 人体の「経絡」すなわち「気」の通り道に該当する道筋を「龍脈」、人体の「経穴(ツボ)」に該当するところ、すなわち大地の「気」が噴出するところを「龍穴」と呼んでいます。
 人体の「気」の流れがスムーズに流れていることを健康の尺度とする東洋医学と似た点がありますね。
 すなわち、かつて朱雀大路(今の千本通りにあたります)と言われた「龍脈」を、北山から発する「気」エネルギーが南に向かって一直線に駆け抜けます。そしてこの線上に「龍穴」としての「大極殿」が存在するわけです。
 国家の安全と繁栄への祈りを込めて政治を行うのですから、「大極殿」は居心地の良いイヤシロチであることが必須です。
 「大極殿」は度重なる火災で焼失してしまいましたが、その後、少し東に寄ったところに「御所」が建造され、「龍穴」としての役割を果たして現在に至っているように思います。ちなみに「大極殿」のあった場所と「御所」の間に京都府警本部本館があります。
 馳浩文科大臣(当時)が京都にやってきて、「文化庁はここ(京都府警本部本館)がいい!」と言っておられましたが、「龍穴」のことをご存じなのかもしれませんね。
 人間のみならず、微生物をはじめあらゆる生き物にとって、京都は住み心地の良い“発酵状態”にあるからこそ、1000年以上経過しても、その魅力が色あせないのではないでしょうか。来る10月2日、川田薫さんをお迎えして、京都風水ツアーを企画しています。よろしければ下記をご参照ください。

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