トータルヘルスデザイン公式サイト

バンクシアの響き

時代が急展開している今、
人間社会の新旧交代にまつわる出来事の本質をトータルヘルスデザイン 近藤洋一が考察します。

元気の力

 1990年、舩井幸雄先生はじめ多くの方のお力添えをいただいて、トータルヘルスデザインという会社を設立いたしました。いまもなお多くの皆様と共に、素晴らしい21世紀づくりを目指して歩み続けることができ、心より感謝申し上げます。
 設立以来、社是すなわち会社の中心軸を「元気の力を暮らしに生かす」と定め、今日に至っているのですが、ここで、「元気の力」とは何を意味するのかについて、少し掘り下げて考えてみたいと思います。

科学と宗教

 私たちの宇宙は、今から138億年前、「時間もなければ空間もない、エネルギーもなければ物質もない、そんな何にもない“無”の状態」から、一粒の“光”が大爆発をおこすことによって誕生したと言われています。ビッグバン宇宙論です。
 その宇宙は、どんどん広がり、冷えていく過程で“光”がしずくになり、やがて根源の微粒子になり、物質宇宙が形成されていったと考えられています。
 やがて銀河ができ、地球ができ、その地球に人間が生まれたわけですが、人間もその大元をたどれば、星屑を原料として創造されているということに気づかされます。私たちの体をつくっている元素は、すべて星からやってきたものなのですね。
 私たちは進化の最終到達系として人間に生まれてきました。人間だけに、自分は何のために生まれてきたのか、その意味について知りたいという欲求が芽生えてきたのでした。
 私たちの生活している現代社会は、“近代科学”を金科玉条として形成されていると言ってよいと思います。
 現実に、明確な思考経路をもっている人は、あの人は“科学的”だと言って信用されることが多くあるように思います。
 “科学”とは一体何なのでしょうか?
 「科」という字の語源をたどりますと、「禾(イネ)」を「斗(マス)」ではかるという意味があるそうです。広大な田んぼでたわわに実る「稲(イネ)」を「斗(マス)」ではかるというのですから、科学というのは、微細なことをとことん追求していく学問ということになります。
 現実に、科学の発達によって、ありとあらゆる微細なことが解明されつつあるようです。
 その一方で宇宙のこと、イノチのこと、ココロのこと、についてはほとんど未解明と言ってよいと思います。その“つながり”がまったく見えてこないのではないでしょうか?
 一方、“科学”とは一線を画した概念として“宗教”があります。“宗教(Religion)”というのは、再結合(Re-union)を意味するラテン語由来の言葉で、人間の中にある様々な不調和を調和ある姿にただすこと、そして最終的に大宇宙(神)と再結合することを語源としていると言われています。
 私たちは、感情と理性を併せ持つ存在ですが、宇宙のリズムとの再結合を通して、ともすれば対立するこれらの働きに調和をもたらすことができるというわけです。
 日本の国家予算は約96兆円ですが、国民医療費が約40兆円を占めるとされています。国民医療費は、1990年頃より毎年約1兆円増大し続けていて、その勢いは止まりそうにありません。病人が増え続けていることを示すものですが、科学の発達とどのような関係にあるのでしょうか?
 人間の「体」と「心」を客観的な対象として観察し、認識することで、近代科学が発展してきたと言ってよいと思います。
 しかし近年になって、人間の「心」は客観的な対象になりえないことが明らかになりました。観察する人にも「心」があるわけですから、そこに相互作用が生まれます。心の浅い部分では客観化できても、本人でも気が付かない深い無意識の領域では、客観的ではありえないというわけです。
 「すべては心の内にある」と言ってよいくらい重要なテーマなので、もう少し別の観点から心のことについて考えてみたいと思います。

気は心

私たちは、日常生活において、あまり深く考えることなく「気は心」という言葉を使っているように思います。
 「心」は傷つきやすいので、奥深くにしまいこんでいて、自分の思いを「気」として外部に発振している様子がうかがえるのではないでしょうか?
 私たちの「心」は、四六時中休まることなく、空想や妄想も含めて何やかやと働き続けているようですが、その時思ったこと、感じたことは本人の意思とは裏腹に、波動となって「外なる世界」に発振され続けているわけです。
 この時何が起こっているのでしょうか?
 ラジオにたとえて考えてみることにいたしましょう。ラジオのチャンネルを1,000Hzに合わせると、環境中に飛び交っている幾多の電波の中から、1,000Hzの周波数をもつ電波と共鳴し、その番組を聞くことができます。あっという間の出来事ですね。
 同じことが私たち人間世界でも起こっていると考えられます。
 自分が発振した特定の周波数をもつ思いが、波動として環境中に発振され、その周波数と同調する波動が心の中に飛び込んできて、特定の映像(現実)を結ぶことになります。
 人生道中、「どうしてこんなバカげたことに遭遇するのだ」と言いたくなるような、偶然としか思えない現実に直面することがありますが、自分の「心」が発信源となって、そのような現実を引き起こしているのかもしれません。
 このように考えますと、「すべては心の内にある」というのもうなずけるのではないでしょうか?
 「心」をいくら閉ざしていても、「気」によって外部世界と接触しているとしたら、その「心」にふさわしい現実が現れるということになります。すべては「気のもち様」なのです。
 生きている以上、気分が沈んだり、体調を崩したりすることは誰にでもあることだと思います。気にかかって病院に行って、体をチェックしてもらうと、悪い数字が出たりすることもあると思います。
 放っておいたら自然治癒力が働いて元に戻るのに、治療を受け薬が処方される……国民医療費が増え続けている背景には、そんな悪循環があるのではないでしょうか?
 「病気を治して健康になる」という発想から「元気になれば病気は治る」という発想に切り替えてみるのも一計かもしれませんね。
 もし嫌な現実と遭遇しているとしたら、プラス発想に切り替え、「気」を引き締め、「気」を入れ、「気」を高めることによって人生の質を高める可能性にかけてみてはどうでしょうか?
 すべては「気」が先行しているのですから、「その気」になれば、たいていのことが実現し、「気持ち良い」人生を歩むことができる可能性があるわけです。
 「ピンチはチャンス」と申します。ピンチの時ほど、“無心”になることができ、委縮した内向きの心が断ち切れて、思い切りの良い「気合の入った」行動に結びつき、イキイキした人生を切り開いていく可能性が出てくるものです。そんなときこそ、「心」の力がフル稼働することになります。
 「気」は知・情・意の源泉。宇宙の力、すなわち「元気の力」と結びついているのですから、この激動の時代を「気合」を入れて、明るく、楽しく乗り切りたいものですね。