トータルヘルスデザイン公式サイト

バンクシアの響き

時代が急展開している今、
人間社会の新旧交代にまつわる出来事の本質をトータルヘルスデザイン 近藤洋一が考察します。

日本人と美

子どもの頃のことです。お正月の朝、目を覚ますと、普段食べることのできない豪華で美しいお節料理(略しておせち)が、重箱一杯に詰まっていて、「美味しい、美味しい」と舌鼓を打ったものでした。
「美味しい」という言葉には、「美」という語が入っています。「味」も追求すると「美」に至る―日本人の美意識が感じられるのではないでしょうか?
現代文明は「科学・技術万能」と称せられることがありますが、何か味気ない感じがしますね。
「美(うま)し国・日本」という表現もあります。
「美」は、いま世界に求められている重要な概念、21世紀のキーワードといえるのではないでしょうか?
トータルヘルスデザインは「美と健康」という領域で、皆様のお役に立ちたいという願いのもとに設立されました。今年は「美しく生きる」という想いから、見えてくる様々な情報、知識、知恵をご紹介する年にしたいと思っています。
*そこでまず「健康」について考えてみたいと思います。
WHO(世界保健機構)では、健康を次のように定義しています。
「健康とは、“身体的”“精神的”及び“社会的”に完全な幸福(ウエルビーイング)の一つの状態を云うのであって、決して単に病気や障害の無いことを意味するのではない」。
WHOはこの定義のもとに世界の全ての人が、このような状態に到達するように努力を重ね、各種の調査や警告を行ってきたと言われています。しかし近年になって、“スピリチュアル”なことが、人々の身体的な健康にも大きな影響を与えていることに気づき、1999年の総会で、健康を次のように定義しようという提案がなされる予定でした。
「健康とは“身体的”“精神的”“社会的”かつ、“スピリチュアル(霊的)”に完全な一つの幸福のダイナミカルな状態を意味し、決して単なる病気や障害の不在を意味するものではない」
しかし1999年の総会では、この定義は討議されることなく現在に至っているのが現状です。
*次いで「美」について考えてみることにいたします。
「美」の条件として、第一に“健康”そして“清潔”であることを挙げたいと思います。
次いで、ごたごたしたもの、余分なものをそぎ落として“簡素”であること、さらには、身だしなみ、たたずまい、立ち居振る舞いに“品位”があることが、基本的な「美」の構成要素だと言ってよいと思います。
原始林で生息している動物たちを紹介する映画を見て感じることは、彼らが“清潔”であるということです。何も身にまとっていませんから“簡素”であることは当然ですが、普段は悠々としていて“品位”すら感じさせられることがあるのには驚かされます。
*はじめに述べましたように、「美味しい」という言葉には「美」という言葉が含まれています。「美しい味」とは何を意味するのでしょうか?
西洋では、「食べものの味」は、甘味、酸味、苦味、塩味という四つの要素で構成され、「味の四要素」とされていたと言われています。
ところが日本の場合、昆布やカツオ節などで「だし」をとる習慣があります。昆布から美味しい「だし」が出ることに興味をもった東京帝国大学理学部教授・池田菊苗氏は、昆布の煮汁から、「うま味」の素であるL-グルタミン酸ナトリウムを抽出するのに成功したと伝えられています。後日、池田教授から事業経営を任された鈴木三郎助氏によって「味の素」という商品名で製造・発売され、今日の味の素株式会社へと発展したのだそうです。
四つの要素以外に、味には「うま味」という要素があるとして、開発されたのが「味の素」だったというわけです。
味覚は追求すると「美」に至るということなのでしょうか?

宮本武蔵とゆらぎ

小学校一年生の時に終戦を迎えました。小学校、中学校を通して受けた教育からは、日本人は劣等民族であるといった、民族性が露骨に否定されるような印象はなかったように思いますが、古来伝わる日本的なものを肯定的に受け取るという土壌が希薄になっていったように感じています。
日本には、神道、茶道、華道、武士道など、「道」という語のつく文化的遺産が豊かに存在するにもかかわらず、当時の男の子は訳もわからず、「なんと古臭いことをやっているのだ。だから戦争に負けたのだ」という感覚を抱いて生きてきたように思います。日本には世界の人がうらやむほどの文化的、精神的な遺産があるにもかかわらず、そのことに気づくどころか、否定的な感覚を抱いて生きてきたことに、ある時気づいて愕然としました。
誰もが自分のことはわからないものです。かつて日本にやってきた外国人の眼に、日本という国そして日本人がどのように映ったのかを知ることにより、日本人の本質に気づかされるように思います。
1933年に日本を訪れたドイツの建築家ブルーノ・タウトは、伊勢神宮、桂離宮、飛騨白川の合掌造りなどを絶賛、桂離宮については次のような感想を残しています。
「純日本的で、しかも全く独自な新しい美で、涙ぐましいまで美しい」。さらに「優れた芸術品に接するとき、涙はおのずから目にあふれる。…用材の精選とその見事な加工、あくまで控えめな装飾―私はもはやこれを表現すべき言葉を知らない」とも。
1913年に、アジアで初めてノーベル賞(文学賞)を受賞したラビンドラナート・タゴールは芭蕉の有名な俳句「古池や 蛙飛び込む 水の音」に接し「詩人は手がかりのみを与えるだけで、あとは傍らに身を退いて立つのである。詩人がこのようにはやばやと身を退くことができるのは、日本の読者が物の姿を見きわめる想像力に恵まれているからである」と日本人の美的感覚に驚嘆しています。
さらに「爆発的な感情の表現は、私たちの国でも他のどこでもいやというほど見受けられるが」、「情緒的感覚とその表現を制御することで、美の感覚とその表現を惜しみなく増大させることができるということに、当地に来てからわたしは思い知った」と述べているそうです。
私たちが接する自然は、四季折々の変化に富んでいて、初めて接する人の眼には驚きの種になるようなのですが、日本人には当たり前すぎて、指摘されて初めて「へえー」と気づかされることがいっぱいあります。
日本及び日本人の本質に目覚め、素晴らしい国を創造していきたいものですね。
日本の伝統を見直すことで、新たな発見が生まれ美的感覚に磨きをかけることができるのだと思います。詳細につきましては下記文献をご参照なさってください。


*参考文献
・波田野毅『世界の偉人たちが贈る日本賛辞の至言33撰』ごま書房新社