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バンクシアの響き

時代が急展開している今、
人間社会の新旧交代にまつわる出来事の本質をトータルヘルスデザイン 近藤洋一が考察します。

宇宙と人間


私どもでは、「体と心と宇宙を結ぶ」というテーマで“バンクシア・フィットネス”を開催させていただいています。実技を伴う一泊二日の研修会なのですが、現在、1200人を超える方々にご参加いただき、この大宇宙に生かされている充実感をエンジョイしていただいています。
 「すべては意識が創りだしているように見える。宇宙とは何か?どのようなメカニズムで活動し、私達を支えてくれているのか」というテーマが、現実のこととしてクローズアップされつつある―そんな時代がやってきているのではないでしょうか?
宇宙の始まりに意識はなく、宇宙意識とエネルギーだけが存在していたと言ってよいと思います。宇宙に 遍満するエネルギーが、クオークやレプトンなどの基本となる素粒子群を生みだし、やがて原始的な物質へと変換され、今日の姿があるように思われます。
 エネルギーと物質はもともと同じもので、空間のひずみが生み出した“二つの存在”だというわけです。
 クオークやレプトンなど、私たちの現実を創りだしている素粒子群には、宇宙意識がインプットされている、すなわち【意識の種】がインプットされていると考えられます。【意識の種】をインプットしたのは、人間を超越した偉大な存在(サムシング・グレート)すなわち宇宙的な知性であって、単なる偶然ではないというわけです。
 サムシング・グレートには、アミノ酸を特定の順番に並べるという自己組織化現象を見事にやってのけていただき、私たち人間が誕生したというわけです。

【天意(あい)】の力

WHO(世界保健機構)では、「健康とは、身体的、精神的及び社会的に完全な幸福(ウエルビーイング)の一つの状態をいうのであって、決して単に病気や障害の無いことを意味するのではない」と定義しています。
 しかしこの定義では不十分だということで、1999年の総会で、次のような定義にしようということになりました。「健康とは身体的精神的社会的かつ、霊的(スピリチュアル)に完全な一つの幸福のダイナミカルな状態を意味し、決して単なる病気や障害の不在を意味するものではない」。新しくスピリチュアルという言葉が入ったのです。
 しかし、総会に於いて、この定義が審議されることなく、棚上げになったまま現在に至っているのが現状です。
 これは一体何を意味しているのでしょうか?
 私達の日常生活において、「身体的、精神的、社会的」というのは、誰にでも通じる概念だと思うのですが、「魂」あるいは「霊的(スピリチュアル)ということになると、私たちが学校教育で習得する、科学そして物理法則の範疇からはみ出してしまうわけですから、少し戸惑ってしまうのではないでしょうか?
 しかし、すべての原点に存在するのは、意識ではなくモノであるという唯物論では、この宇宙そして人間のことは説明のしようがありません。
 「まず初めに宇宙があった。その宇宙を創造した意識すなわち【天の意識:天意(あい)】が、人間をはじめ、あらゆる存在物にインプットされた」と考えると、イキイキと新鮮な人間像が浮かび上がってくるのではないでしょうか?私たち人間の原点が【天意(あい)】だとすると、これからの進化が楽しみですね。
 人間の細胞は、たんぱく質やアミノ酸などの【分子】でできています。そしてこれらの【分子】は、炭素や窒素などの【原子】でできていて、これら【原子】はクオークやレプトンなど、極微の【素粒子】を原材料として構成されています。
 ところで、これら超ミクロな【素粒子】レベルの世界で見られる現象は、私たちが学校で習うマクロな物理学すなわち常識の世界とは全く違っていて、「光の粒は、波動であると同時に粒子でもある」ということが明らかになっています。
 これ以上のことは専門家にお任せするしかないのですが、【量子力学】というと“素粒子”すなわち極微の固体を取り扱う学問がイメージされるのではないでしょうか?
 ミクロ世界の物理学が誕生したときに、【量子力学】ではなく【波動力学】という名前をつけていれば、宇宙の秩序そして人間世界のあり方を理解する上で、唯物論としてのイメージが形成されにくかったのではないかという見解があります。そうするとミクロの世界も、もっと別の観方、別の展開があったのかも知れませんね。

「たましい」と自我

素人の大雑把な見解で恐縮ですが、「人間は、一体何でできているのか?」というテーマについて考えてみることにいたします。  人間の細胞を形成している【原子】は【素粒子】を原材料として出来上がっています。その【素粒子】は最小の粒子といえども、宇宙空間から湧き上がってきて、人間の原材料としての役割を果たしているのですから、そこには【宇宙の意思】すなわち【天の意=天意】がインプットされている、すなわち【天意(あい)の種】が宿っていると言ってよいと思います。
 【単なる物質】から鉱物や植物、動物そして【天意に満ちた人間】という生命体が生まれるという偶然は非常に考えにくいのではないでしょうか?
 まず初めに宇宙があった。その宇宙を創造した意識(大宇宙の意識)が、あらゆる存在物にインプットされたと考えると、人間の未来に希望が湧いてくるのではないでしょうか?
 すべての原点にモノがあるだけという唯物論では、「進化していく宇宙」については説明のしようがありません。
 大宇宙に満ち満ちている【天意(あい)】の種をインプットされた量子が地球を創り、植物、動物へと進化し、ついに人間世界を創造したという進化のプロセスが存在しているのかも知れません。
 このように考えてみますと、この地球上のあらゆる存在には【天意の種】が宿っていて、“魂の記憶”として芽吹くのを待っていると言ってよいのではないでしょうか?
この大宇宙は私たちに何を語りかけ、何を期待しているのか―そんな観点から人間存在のあり方を点検する時がやってきているのかも知れません。
 私たちは日常世界を「物」と「心」の二つに分けて「考える」ことを重視した現代教育を受けて日常生活を送ってきたように思います。そこには“想像する”ことを重視する「たましい」の出る幕はなかったのではないでしょうか?
 「たましい」は、夢として体験すること、あるいはイメージ、ファンタジーなど想像することを重視するものですから、私たちの「意識的自我」によってコントロールできないと言われています。
 自然科学を武器として確立された「近代的自我」が【神の座】を奪いとろうとした、そんな近代の構図がいま崩壊しつつあるのではないでしょうか?