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バンクシアの響き

時代が急展開している今、
人間社会の新旧交代にまつわる出来事の本質をトータルヘルスデザイン 近藤洋一が考察します。

言葉の力


 12月のことを師走と言いますね。子供のころ、「12月というのは、日頃泰然自若としているお師匠さんでも走り回るくらい忙しい月なのだ」ということを大人の人から聞いて育ったものですから、12月というと、“忠臣蔵”と並んで“忙しい月・師走”と言う言葉が浮かんできます。
 青少年時代に出会う言葉が、その後の人生に大きな影響を及ぼす可能性があるのですから、子どもに接するとき、言葉に気をつける必要があるのですね。
 私は中・高生の頃、京都の中心街で育ったものですから、封切られる映画は軒並み見に行ったものです。その中で特に印象に残ったのが、チャップリンの「ライムライト」でした。
 チャップリンふんする道化師が、緊張のため足が動かなくなってしまったクレア・ブルームふんする美しい踊り子を、必死になって励ます姿が印象に残っています。その時、チャップリンがもらした「恐れがなければ人生は素晴らしい」という言葉が、60年以上たった今でも心に残っているのですから、“不思議だなあ。言葉の力はすごいのだなー”と思ってしまいます。
 この宇宙、この地球を創り上げているのは“たった一つのイノチ”だとしたら、その“たった一つのイノチ”を世界中の人が分けあっているということになりますね。
 だとすると、世界中の全てが身内なので、必要なときに必要なものが入ってくるのかも知れませんね。
 【人生、必要なことしか起こらない】という言葉がありますが、素晴らしい表現だなーと思ってしまいます。

土の力

「生かされていることへの気づき、そしてイノチの尊さ」など、心優しい詩を数多く残しておられる金子みすゞさんの【土と草】をご紹介させていただきます。

 母さん知らぬ 草の子を、
 なん千万の 草の子を、
 土は一人で 育てます。

 草があおあお 茂ったら、
 土はかくれて しまうのに。

 「土の力」はすごいのですね。草だけではなく、私たち人間も土の力のお世話になりつつ、何千年も何万年もの間、ずーっと生を謳歌しているわけですから。
 学生時代、京都の中心部に住んでいたものですから、よく京都御所に行って昼寝をしながら、本を読んだものです。夏になると、辺り一面、セミの大合唱が始まります。まさに蝉しぐれです。
 ある時、ある人から「君は御所でセミの死骸を見たか?」と問いかけられました。そんなことは気にもしなかったものですから、明確に答えることはできなかったのですが、「そう言えば、御所で蝉の死骸を見たことはなかったような気がするな」と思いつつ、そのままになっていました。あのセミたちは、一体どこに行ってしまったのだろう、と今でも気になるところです。
 似たような話があって、「山の中では動物の死骸が見つからない。どこかに消えてしまう」のだそうです。ある人が、飼っていた豚が死んだので、死骸を箱に詰めて山においてきました。死骸がどうなったのか、気になっていたので、しばらくして行ってみると、そのまま箱の中に残っていたのだそうです。
 「何だ。消えないではないか」と思って家に帰りました。そんなことは気にかけないまま、時間が過ぎました。そして翌日行ってみると、箱の中の死骸は、跡形もなくどこかに消えていたのだそ うです。
 自然界には私たちが暮らしている文明社会とは、別の異次元の力が働いているのかも知れません。

全体と個

 現代社会は個性重視の社会だと言ってよいと思います。日本人は、全体の調和を大切にする民族で、「個」が必要以上に前面に出ることを避けようとする傾向があるようです。仕事にしても、自分の実績を前面に押し出すのではなく、仕事=仕互人、お互い同士仕えあうことによって、すべての人が住みやすい場を創り上げていくことを志す民族ではないでしょうか?
 「あの人のお蔭でうまく事が運んだのだ。ありがたいことだ」と感謝の気持ちを伝えるのが、常の姿だと言ってよいと思います。
 個性豊かなことが評価される世の中ですが、「全体の中にあっての個」という視点を大切にする民族です。多くの人の心の中には、【我が・我がの“ガ”を捨てて、お蔭・お蔭の“ゲ”で生きる】という美学が息づいているのではないでしょうか?
 「個」というのは「固い人」、そして「固い」という字は四角四面の中に古いものが詰まっているということを現わしていますね。
 英語でいえば、個性というのはPersonality、語源はラテン語の「ペルソナ」、仮面を意味する言葉だそうです。
 「誕生日」の「誕」という字には「いつわる」という意味があります。偽って生まれてきたのが誕生日ということになると、私たちの人生、一体どうなっているのでしょうね?
 別に個性が悪いというわけではないと思います。“個性”と“自我”を混同しないようにしたいものですね。「人間は、生まれ変わり死に変わり、成長し続けて、最終的に“神”に至る存在なのだよ。個性、個性と喜ぶのはいいが、できればあんまり小さな枠で自分を縛るのはやめにしようではないか。どんどん成長して大きな存在になって行こうよ」
 「自我という小さな枠に縛られるのはやめにして、自分の本質に目覚め、どんどん自分の長所、可能性を追求しようではないか」ということを示しているのかも知れません。
 全体との調和があって初めて、「個」の素晴らしさがクローズアップされるのではないでしょうか?
 新しい年を素晴らしい年にするための智慧を探ってみました。

*人間と宇宙の間には、共時的対応関係が潜在しているのだから、“楽観”で行きましょう
*“ツキ”を手に入れ、“いつも明るく、元気で、喜びあふれる”毎日にしましょう
*“徳”を積みましょう。世のため、人のため・・・みんなのお役にたちましょう

 皆様のますますのご発展、ご活躍を心よりお祈り申し上げます。